日本キリスト教団六ツ川教会

10月のお知らせ

新型コロナウィルスへの対応について
現在、新型コロナウィルス感染症の第二波が懸念されていますが、六ツ川教会は主の御言葉を聞き続けるため、細心の注意を払いながら主日礼拝を行なっております。
しかし、小さな教会堂に大勢の人が集まることは、ウィルス感染の観点からすれば決して好ましいことではありません。発熱、咳、くしゃみなどの症状のある方、新型コロナウィルスの感染により重症化が懸念される方(糖尿病などの基礎疾患をお持ちの方)、混雑した公共交通機関を使わなければならない方は、くれぐれも無理をなさらないでください。
礼拝に来られる方は以下の点につき、ご協力をお願いいたします。
1. 教会堂に入る際は、手指の消毒とマスクの着用をお願いします。
2. 会堂内の換気をいたしますので、特に気温の低い日は服装での調節をお願いします。
3. 着席の際は、席をひとつ以上空けてください。
4. 礼拝の短縮を行なっております。詳しくは週報をご覧ください。
5. 教会堂での会話は最小限にとどめ、礼拝後はすみやかにお帰りください。
 

日本基督教団六ツ川教会 主任担任教師 桐藤 薫・役員会一同

 
10月第1週の聖日礼拝 世界聖餐日
104日(日)1030
説教「善い業を見たとしても」桐藤 薫 伝道師
聖書 ヨハネによる福音書1031-42
(礼拝は毎週ありますが、第一週のみ紹介しています)
聖餐とは私たちキリスト者がパンを共に食べ、ぶどう酒を共に飲むことを通してキリストの命にあずかることです。また、主イエスの死と復活が私たちのための救済行為であることを信じ、主の再臨を待望することでもあります。しかし、本日の御言葉は、私たちが主の再臨を本当に待ち望んでいるのかを鋭く問いかけてきます。
主イエスは、ご自身が神の子であるとはっきりおっしゃったため、ユダヤ人たちに石を投げつけられそうになります。そのユダヤ人たちに対し、主はこれまで示した善い業となかのどの罪のために石で打ち殺すとかと問います。ユダヤ人たちは「善い業のことで、石で打ち殺すのではない。あなたは、人間なのに、自分を神としているからだ」と答えました。主のなさった善い業、つまり人々の様々な病を癒した業については、ユダヤ人たちも認めざるを得なかったのです。彼らが受け入れられないのはただ一つ、主イエスがご自身を「神の子」としていることなのです。唯一神の考え方からすれば、人間の姿をした者が神であるというのは、到底認めることはできません。だから主は「私を信じなくても業を信じなさい」とおっしゃるのですが、ユダヤ人たちはその言葉を受け入れることもできませんでした。数々の善い業を目撃したにもかかわらず主を信じることができなかったのは、「人間の姿をした者が神であるはずがない」という固定観念から抜け出せなかったからです。いや、抜け出そうとしなかったのかもしれません。仮に人である主イエスを神と認めれば、律法に忠実に生きてきた自分という存在が崩れ落ち、また今の社会的立場をも失ってしまいます。自分自身の土台が根底から覆されてしまうのです。それゆえに彼らにとって、目の前に神がいることは恐怖でしかありませんでした。だから、主イエスが神でしかできない善い業をすればするほど、その業を見れば見るほど、彼らの主に対する憎しみはますます大きくなっていくのです。善い業を見たとしても、自分自身の土台を根底から作り変える覚悟がなければ、本当の意味で主の再臨を待ち望むことはできないのです。