日本キリスト教団六ツ川教会

12月のお知らせ

新型コロナウィルスへの対応について——感染リスクが下がっていますがしばらく継続します
六ツ川教会は主の御言葉を聞き続けるため、細心の注意を払いながら主日礼拝を行なっております。
しかし、小さな教会堂に大勢の人が集まることは、ウィルス感染の観点からすれば決して好ましいことではありません。発熱、咳、くしゃみなどの症状のある方、新型コロナウィルスの感染により重症化が懸念される方(糖尿病などの基礎疾患をお持ちの方)、混雑した公共交通機関を使わなければならない方は、くれぐれも無理をなさらないでください。
礼拝に来られる方は以下の点につき、ご協力をお願いいたします。
1. 教会堂に入る際は、手指の消毒とマスクの着用をお願いします。
2. 会堂内の換気をいたしますので、特に気温の低い日は服装での調節をお願いします。
3. 着席の際は、席をひとつ以上空けてください。
4. 礼拝の短縮を行なっております。詳しくは週報をご覧ください。
5. 教会堂での会話は最小限にとどめ、礼拝後はすみやかにお帰りください。
日本基督教団六ツ川教会 主任担任教師 桐藤 薫・役員会一同
 
12月第1週の主日礼拝 
125日(日)1030
説教深い淵の底から 桐藤 伝道師
詩篇 第1301-8
(礼拝は毎週ありますが、第一週のみ紹介しています)

 

詩篇第130編は、人間の罪と神の恵みの本質を短い言葉で言い表しているという点で、詩編のなかでも特に重要な箇所となります。「深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます」(1節)、この「深い」という一言によって、詩人は自分自身が神から遠く離れ、罪の深い淵の底にいることを明確に意識しています。しかし私たちを含め、多くの人々は自分の罪を知らないことが、あまりにも多いのではないでしょうか。罪のなかにある人、言い換えれば、神の方を向いていない人は、「自分は正しい」という考え方に凝り固まってしまいます。それは教会に集う私たちも同じであり、主の弟子であるペトロであっても、主の前で信仰告白をした後、主がご自身の死と復活をお話になったのを聞いて、主を諫めています。そして主から「あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている」(マルコ8:33)と叱責されたのは、ペトロが自分の期待を神に投影していたからです。これは自分の都合のよい神の姿を作り上げてしまう私たち自身と言えます。
 この詩編で印象的なことは、この詩人が繰り返し「主よ」と呼びかけていることです。「主よ」と呼びかけ、神と向き合う、それは自分と神とを結ぶ縦軸を知る者にしかできません。この縦軸があるから、縦軸の一番下にいる自分、つまり深い淵の底にいる自分を知ることができるのです。そして、私たちはこの深い淵の底から、神に向かって赦しを祈り求めることしかできません。なぜなら、「赦しはあなたのもとにあり」(4節)とあるように、私たちの罪を赦すことができるのは、神のみだからです。
主イエスが御降誕になったとき、イスラエルの人々はローマ帝国による支配を受けていました。その時代は「ローマの平和」と呼ばれましたが、それはローマの人々か自分のために作り出した平和に過ぎず、その裏側では多くの人々の苦しみと涙がありました。主イエスは、そのような人の作り出した平和ではなく、神と人とを隔てている罪を神が赦すことによって地上に現れる、真の平和をもたらしてくださいます。深い淵の底にいる私たちは、神に嘆き祈ることしかできません。しかし、そんな私たちの叫び声を聞き、神の方からこの地に降りてきてくださった。それがクリスマスの出来事なのです。
 
1219日(日) クリスマス礼拝 10時半より
1224日(金) クリスマス・イブ礼拝 19時半より